明かり窓

ゲストブックにご記入くださった事柄は、明かり窓から射し込む日の光に他なりません。(^o^)ゞ

  20111226 () 120311
[お名前] :   溝上玄祐
[ご感想] :   早速先生の御見解を頂き有り難く存じます。沈着冷静な思考をされる先生が
噛合わずと仰るのは残念です。

私が否定しているのは「邪馬臺国」の存在や「東遷説」であり 「卑弥呼の臺は高良」説を
否定したわけではありません。

特定されるまでは「邪馬国」(景行紀「八女国」)国域全域が臺の候補地であり得ましょう。

 尚 允恭紀以前の書紀の紀年は三国志 晋書関連の記述を除いては全て人為的配分で
暦年とは何の関係もないものであることは先生御案内の通りであります。

従って 書紀の年代記を以ってその時間軸を補正するのは 第十代天皇紀(記)に
「知初國」「御肇國」の語句を見つけ この天皇を「建国の天皇」とするのと同様 
一種の「循環論法」になり 「科学の方法」として如何かと危惧していることを
ここで申し添えておきます。

(お答えに対する全見解は長文になりましたので礼を失しないようそれを元日以降に
私の
URLで申し述べます。)


溝上 玄祐 様

> 尚 允恭紀以前の書紀の紀年は三国志 晋書関連の記述を除いては全て人為的配分で
暦年とは何の関係もないものである。

もし、溝上様が、2.ハツクニシラス天皇が2人いる理由 3.『日本書紀』の年代復元の可能性のいずれかをご覧頂いていたならば、上記のようなことは言われないはずです。

貴説と拙HPの愚説は噛み合いそうにありません。」という理由は、こんなことにもあります。

2011年12月30日 (金)
                                                M M 3210

20111221 () 010837
[お名前] :   溝上玄祐
[ご感想] :   人間進歩がないとだめですね。「学者の姿勢」御卓見全く同感です。ど素人が「邪馬臺国論考」の誤りを検証してみましたので 御見解賜れば幸甚です。
URL:
http://www.ac.auone-net.jp/~gemxgem/index.html

溝上 玄祐 様

拙HPの出発点は、「邪馬台国ファンへの新提言」でした。その表紙には、自分で写した岩戸山古墳の別区に建てられた石人・石馬のレプリカの写真を使っています。

しかし、次の命題に関する貴説と拙HPの愚説は噛み合いそうにありません。

命題

1.卑弥呼の都城は何処なりや?

2.崇神天皇は初代の天皇なりや?

3.「神武建国」は神話なりや?       

結論(MM3210の愚説)

1.邪馬台国所在地の目印=高良大社  邪馬台国を筑紫の御井郡と見なす根拠

  邪馬台国を示す地図  邪馬台国東遷を物語る日本書紀の記事

  邪馬台国の謎を解く年代復元

2.ハツクニシラス天皇が2人いる理由

3.『日本書紀』の年代復元の可能性

2011年12月21日 (水)
                                                M M 3210

 20111212 () 110434
[お名前] :   和田光平
[ご感想] :   村上さん
 和田光平です。
 ご無沙汰しております。
 貴著「いろは歌の暗号」を拙い読み込みではありますが、旧HPに掲載したことがご縁で、引用していただき、ありがとうございました。
 旧HPは、企業側で長い間サポートしてくれていた方が退職され、その後しばらくして全体HPも閉鎖になりました。
 幸い、その方が閉鎖前に私のページをCDに落した
htmlファイルを送付してくださったので、下記の個人HPに移転し、運用しております。
http://homepage2.nifty.com/koyo47/kouchan.html

 「
いろはかるた漫談」は時節がら中学生の冬休み宿題に利用していただいていました。
 時代を経ても古くならないよう書いていましたので、まだ誰かのお役に立つかもしれません。

 付録3「いろは歌」の暗号は、現在以下にあります。
http://homepage2.nifty.com/koyo47/LAB/furoku3.htm
 関連リンク先を更新していただければ幸いです。

和田 光平  様

お久しぶりです。上質なHPの閉鎖を残念に思っていただけに、今回の復活、何よりです。

拙HPのリンク集を覗く物好きはいないでしょうが、再度リンクさせていただきました。

2011年12月14日 (水)
                                                M M 3210

 2011123 () 194946
[お名前] :   M
[ご感想] :   このサイトの作者は、今や玄人です。一方、私は記紀を現代語訳で読んだくらいの素人です。

■いろは歌を神の数と言われる7字で区切ると
「とがなくてしす」という暗号が現れるのは有名な話です。
「とがなくてしす」は世界の常識ではキリストの事です。
いろは歌の三隅に「いゑす」が現れるのは偶然とは思えません。
いろは歌の作者が柿本人麻呂だとすると、キリスト教との関係は、どうなっているのでしょう。

さらに

■かごめ歌を悪魔の数と言われる6字で区切ると
かごめかごめ
かごのなかの
とりはいつい
つでやるよあ
けのばんにつ
るとかめがす
・・・省略

 1.左端を縦に読むと「かかとつける」。西洋の悪魔には踵がないので、「かかとつける」とは、悪魔を悪魔でないように見せる事。つまり、にせキリストです。
.右上から斜めに読んで、「メカイヤ乗る」。メカイヤはメサイア(メシア)と一字ちがいですから、これも、にせキリストの事です。
.にせキリストは、どこに乗るのでしょうか。右端を縦に読むと「目の威圧す」。これは、1ドル札のピラミッドの目を指してると思われます。
.左上から斜めに読んで、「籠貼るにす」。籠に魔よけの札を貼って、にせキリストを封じ込めるという事でしょうか。

さらに

■「ばん」を「晩」=「日」
+「免」に置き換える
かごめかごめ
かごのなかの
とりはいつい
つでやるよあ
けの日免につ
るとかめがす
上記の1
.から4.で使われていない文字は、残り16文字です。

.日から右回りに読んで、「日でりの夏よ、免れる」8文字。
にせキリストの力を封印できれば、日照り=干ばつ等による穀物相場の高騰を免れる。
.1段目2文字目からと、6段目2文字目からを読んで、「米籠、とがめが」8文字。
にせキリストの力を封印できれなければ、米は籠の中に封印され、米相場は高騰するという咎めが生じる。

★古語の文法には精通していませんが、かごめ歌の36文字の、それなりに意味の通る暗号解釈です。
★学者はこのような事に関心を示さないと思います。
ネットで情報発信をし、多くの人の人海戦術で、謎を解くと言うのが、私の戦略です。

以上、的はずれな記述が、あるかもしれません。ゴメンナサイ。


M  様

「かごめ歌の暗号」を検索すると、YAHOO!では、約248,000件と表示されました。

一方「暗号山上憶良」を検索すると、それより一桁少ない約34,500件と表示されましたが、
拙HPと関係あるものは、100件あればよいのではないかという有様でした。

> ネットで情報発信をし、多くの人の人海戦術で、謎を解くと言うのが、私の戦略です。

平安時代に、「あめつち」「たゐに」「いろは」と呼ばれる、3通りの字母表が作られています。
それらにおける次のような文字の配置は、単なる偶然のいたずらに過ぎないのでしょうか。


山上憶良(やまのうへおくら
いせ物語4+5の暗号

 

.
謎明く比喩黒潮ましお 土佐日記

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

」字型の暗号の解読図
山上憶良山のうえのおくら
  」字型の暗号の解読図
山上憶良・紀貫之きのつらゆき

   れ入手            紀帝             化字文  
 

 
 
    = お

= え

= あ

=れ

   

 
 
 
  名を伏せよなをふせよ     ゐ=為     為憲  稗田阿礼山上憶良  

姫児雄略・継体・持統(ヂトウ=ジトオ

 
 
 

上は「タヰニ」5段書き        . 
右は「アメツチ」6段書き→ 

             

タイ・卑弥呼雄略・継体


作為がなければこのようなことは起こりえないことにショック受けて、「ネットで情報発信」に力を注いでくれる方の出現を期待しています。

2011年12月6日(火)                                  MM3210

2011年11月8日 (火) 21時42分12秒
[お名前] :   シュリンターザー
[ご感想] :  静岡県掛川市にある
遠江国一の宮事任(ことのまま)八幡宮は、
 戸隠神社 諏訪大社 分杭峠 を
結ぶ レイライン上にある 神社の一つですが
3年前から 常に人が集まるようになって来ました。

感じる人によりますと 分杭峠と同じ ゼロ磁場の
エネルギーが存在するようです。
ほんとに不思議な場所です。

http://www.geocities.jp/kotonomachihime/


シュリンターザー  様

分杭峠がどのような場所であるかは、「パワースポット「分杭峠」(ぶんぐいとうげ)ゼロ磁場の情報サイト」によって知ることができました。

しかし、拙HPとは無縁のものなので、今後このような内容の投稿は削除させて頂きます。
ご了承のほどを。

2011年11月11日(金)
                                                MM3210

   2011年7月21日 (木) 18時17分21秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   うっかりしていました。

昨日、七宝瀧寺の住所にこだわっていましたが
役行者は、犬鳴山を御神体と崇めておられます。

犬鳴山の頂上の燈明ヶ岳の住所が重要だと
気づきました。

下に燈明ヶ岳の地図を転載しました。

燈明ヶ岳(http://maps.google.co.jp/)

うっかりしていまして申し訳ありません。

よろしくお願い致します。

  2011年7月20日 (水) 14時56分18秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   詳細で深遠な御返事、ありがとうございます。

大本教や方位関係の研究者には全く心当たりがありません。

7月17日に修験道の開祖である役行者が日本で最初に
開基された七宝瀧寺を参拝してきました。
http://www.inunakisan.com/history.html

戴いた7月の『寺報』に五芒星の図が掲載されています。

この地にも何か意味があるのでは?
と感じました。
如何でしょうか。

七宝瀧寺のHPで住所を見ましたが、300メートルほど
離れた宿坊の住所を記載されています。

泉佐野市大木8  http://maps.google.co.jp/

古東 正舟 様

「日本霊異記」第28のなかに、次のように非現実的な出来事が記されています。

-----------------------------------------------------------------------------

わが国の人道昭法師が天皇の命を受けて、仏法を求めに唐に渡った(白雉4年=653年)
あるとき、法師は五百匹の虎の招きによって新羅に行き、その山中で法華経を講義した。

そのとき虎の群の中に人間がいて、日本語で質問した。法師は、「誰か」とたずねると、「役優婆塞だ」と答えた。

法師はわが国の聖人だと思って、高座から下りて捜したがいなかった。

-----------------------------------------------------------------------------

Googleマップの「御来光の道と五芒星」を利用して、燈明ヶ岳の位置関係をチェックすると、
16通りの方位角に当てはまるものは、「燈明ヶ岳→熊野大社」しかありませんでした。

しかし、その方位線を延長すると朝鮮半島に到るので、「日本霊異記」第28の挿話を知っていれば、この方位線には何か特別な意味があるかも知れないと感じます。

すると、「伊弉諾神宮→出雲大社」と「燈明ヶ岳→熊野大社」が平行であることに気づき、出雲にある熊野大社から、熊野にある出雲がクローズアップされます。

特に、今回は、森野奥人氏が「若狭神宮寺―出雲(串本町)」間の距離が子午線2度に相当することを指摘されていることを知ったばかりですから、この2点に目が向きます。

得られたデータは、すべての人々を納得させるものではありませんが、古東様は、「御来光の道と五芒星」と下表から、何らかの作為の存在が読み取れるでしょうか。

なお、出雲(串本町)の座標は、「電子国土ポータル」で、都道府県「和歌山」、地名「出雲」を検索したもので、Googleマップの「朝貴神社」の座標ではありません。

燈明ヶ岳(または七宝滝寺)の位置関係

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備 考
若狭神宮寺→
出雲(串本町)
352734.74,1354659.26
332703.55,1354713.97
179°54
(359°54′)
222,82(m)
327′34″
327′03″
子午線2度
燈明ヶ岳
七宝滝寺
342007.08,1352257.35
342027.05,1352259.15
4°17′
(184°17′)
617(m) 近接 
100km以上離れた
対象との位置関係は
どちらでも大差なし。
燈明ヶ岳
熊野大社
342007.08,1352257.35
352224.10,1330413.63
299°14′
(117°55′)
240,761(m)
伊弉諾神宮
出雲大社
平行
伊弉諾神宮
出雲大社
342736.88,1345109.03
352406.88,1324108.08
298°26′
(117°12′)
223,844(m)
299°14′
−298°26′
48′
伊弉諾神宮
→元伊勢
342736.88,1345109.03
352548.51,1350916.15
14°18′
(194°28′)
111,080(m)
18°00′
(198°00′)
111,111m
燈明ヶ岳→
若狭神宮寺
342007.08,1352257.35
352734.74,1354659.26
16°15′
(196°28′)
129,9953(m)
18°00′
16°15′
1°45
熊野本宮
→伊吹山
335026.05,1354624.48
352504.21,1362422.75
18°10′
(198°32′)
184,343(m)
18°00′
(198°00′)
179,782m
燈明ヶ岳→
出雲(串本町)
342007.08,1352257.35
332703.55,1354713.97
159°00′
(339°14′)
104,986(m)
162°00′
159°00
3°00′
元伊勢→
熊野本宮
352548.51,1350916.15
335026.05,1354624.48
161°59′
(342°20′)
185,245(m)
162°00′
342°00′
179,782m
伊吹山→
伊勢内宮
352504.21,1362422.75
342717.60,1364333.03
164°38′
(344°48′)
110,745(m)
162°00′
(342°00′)
111,111m
伊勢神宮(内宮)
出雲大社
342717.60,1364333.03
352406.88,1324108.08
287°02
(104°43′)
383,775(m)
燈明ヶ岳→
伊弉諾神宮
に平行
燈明ヶ岳→
伊弉諾神宮
342007.08,1352257.35
342736.88,1345109.03
286°01
(105°43′)
50,675(m)
伊勢神宮(内宮)
出雲大社
に平行

余計なことかも知れませんが、「七宝滝寺の歴史」には、次のような解説が載っています。

-----------------------------------------------------------------------------

犬鳴山は、斎明天王の7年(西暦661年)、修験道の開祖である役小角が28歳の時に開基されました。大和の大峰山より6年早く開山されたので、元山上と呼ばれます。役行者の開山時に倶利伽羅大竜王が出現し、これを本尊としたと伝えられています。また葛城峯中の奥の院とも呼ばれ、葛城二十八宿修験根本道場でもあります。役行者は当山で、国家安穏、五穀豊穣、緒人快楽の密法を修せらた

-----------------------------------------------------------------------------

まず、「斉明天皇」を「明天」と誤記しています。「斉明」を「明」と誤記する例は多く、
Googleマップでも、役行者御誕生所という吉祥草寺の近くに明天皇陵とあります。

修せらた」は「修せらた」が正しいはずです。このような入力ミスは、私もよくやります。

しかし、真言宗の寺院のHPに、「人快楽」を「人快楽」と間違えているのは、いかがなものでしょうか。私には、お粗末過ぎるように思われるのですが……。

2011年7月24日(日)

MM3210


2011年7月26日 (火) 15時19分17秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   先月、岡本八龍(近畿不動霊場大先達)も

「去年秋の仁和寺法要の際にも、柱にもたれ、
足を本尊に投げ出す先達がいた」

と指摘されておられます。

先達の質の問題は、時代や洋の東西を問わず
あります。

七宝
(瀧)寺のHPの作成を何方がされているのかは
知りませんが、管長が質向上に励まれることを
期待します。

前回の投稿を削除した理由。

> 後期高齢者の私には、古代日本にカバラが来ていたという森野氏の説は理解できそうにありません……

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備 考
山上ヶ岳
大山剣ヶ峰
341508.64,1355627.69
352216.4,1333246.7
300°13′
(118°51′)
251,810(m)
山上ヶ岳
伊勢神宮(内宮)
341508.64,1355627.69
342717.6,1364333.0
72°30′
(252°56′)
75,615(m)
伊弉諾神宮→
富士山剣ヶ峯
に平行
伊弉諾神宮→
富士山剣ヶ峯
342736.8,1345109.0
352138.3,1384338.5
73°09′
(255°22′)
367,903(m)
73°09′
72°30′
=0°39′
山上ヶ岳
→伊吹山
341508.64,1355627.69
352504.2,1362422.7
18°05
(198°21′)
136,115(m)
伊吹山・熊野本宮
・山上ヶ岳は
同一直線上にある
山上ヶ岳
熊野本宮大社
341508.64,1355627.69
335025.7,1354624.1
198°46′
(18°40′)
48,244(m)
伊吹山・熊野本宮
・山上ヶ岳は
同一直線上にある
伊吹山→
熊野本宮大社
352504.2,1362422.7
335025.7,1354624.1
198°32′
(18°10′)
184,356(m)
伊吹山・熊野本宮
・山上ヶ岳は
同一直線上にある

   2011年7月11日 (月) 07時02分19秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   御無沙汰いたしております。

既に御存知かも知れませんが
下記のHPを発見しましたので
お知らせします。

畿内の五芒星
http://uumusou.yamanoha.com/watch/gobo.html

古東 正舟 様

いつも、興味深い情報をご提供頂き、有難うございます。

特に、今回お知らせ頂いた、「古代日本にカバラが来ていた」の著者が、HN森野奥人で公開しているサイト「古代日本謎の中東思想渡来考」は、私にとって非常に興味深いものでした。

まず、内田一成氏のブログで上図に接し、「大地に描かれた五芒星の秘密」をUPしている私は、お知らせ頂いた「畿内の五芒星」にアクセスして、「何でこんなHPを?」と、訝りました。

しかし、五芒星の図に添えられた、「図形は、一辺111Km(1緯度長)のほぼ正五角形をしている」という解説が目に留まると、慌てて「10000÷90=111.1……」を確認していました。

地球の大きさが捉えられていた証拠を「北海道測量を証言する多胡碑」で列挙し、さらに「伊能忠敬が算出した子午線1度の長さ」を問題にした私が、この事実を見落としていたのです。

それはさておき、近畿の五芒星の発見者である森野氏の明察によって、日本書紀の編者などに地球の大きさに関する知識があっても不思議ではないことがわかった訳です。

後期高齢者の私には、古代日本にカバラが来ていたという森野氏の説は理解できそうにありませんが、封印されていた古代地上絵の発掘の成果は、大いに参考にしたいと存じます。

なお、近畿の五芒星の発見者は森野氏以外にはいないと思った私は、大国大東氏のブログの2010/10/15近畿逆五芒星」に次のようにあるのは記憶違いではないかと感じました。

「近畿逆五芒星を知ったのは約40年前で、グラビア目的で買った平凡パンチか、プレイボーイに古代史の不思議というような特集で載っていたのを何故か憶えている。」

そこで私は、森野氏に、どう思われるかを直接お聞きしてみました。すると、森野氏は、以前に、内田氏に、著書「古代日本にカバラが来ていた」を知っているか、訊ねていたとのこと。

-----------------------------------------------------------------------------

内田さんからはこのような回答がありました。

>ご案内いただきました著作につきましては、まったく存じませんでした。

近畿の五芒星に関しましては、大本教や方位関係の研究者などがすでに案内して
いるものでもありまして、けっして私が発見したものではありません。

どこが、あるいは誰が最初の出典であるのか不明なため、出典に関しては情報を
掲載しておりませんが、私の発見であるともうたってはおりませんので、ご確認
いただけましたら幸いです。
  とのことでした。

この中の、大本教や方位関係の研究者などがすでに案内しているものでもありというのが、私には掴めないわけで、これが大国大東さんの仰っているものなのかどうかもわからないでおります。

-----------------------------------------------------------------------------

もし、大本教や方位関係の研究者などがすでに案内しているものをご存知の節は、ご教示頂ければ幸甚に存じます。

2011年7月17日

MM3210

   201157 () 121127
[お名前] :   五節句
[ご感想] :   木簡の安積山の歌は万葉集の歌
http://www.geocities.jp/yasuko8787/80523.htm、と、上賀茂神社と古代史の暗号http://www.geocities.jp/yasuko8787/0-0tikyu-2.htm、を、

又、拙記事にリンクさせて頂きましたので、ご連絡致します。
http://blogs.yahoo.co.jp/mizunoene17/42886476.html

群馬県の‘道の駅’、「月夜野ーー」の案内文に、源順が出ています。

月夜野は、関越自動車道のインターにもなっていて、関東ではよく知られた地名です。

その地名が源順のことばから付けられていたとは、最近、その案内文を読むまで、私は知りませんでした。

源順が関東に来たことがあった、ということも初めて知りました。

古代の測量、地図、そのことについての認識は、こちら様のサイトで勉強させて頂いたことですが、それと、多胡碑碑文と、‘月夜野’とは、非常に関連のあることだと感じています。


五節句 様

リンクの件、わざわざご連絡頂き、有難うございます。

なお、多胡碑については、ド素人が発見した日本の秘密」でも取り上げています。

ところで、「月夜野」という地名のことは、当然、私も初耳だったので、Yahooで検索してみると、ウイキペディアに、文章は違いますが、同じことが載っていました。

そこで、物好きにも、次のような形で、ウイキペディアと道の駅の案内書の解説がどのぐらい引用されているかを数えてみました。

道の駅の案内書→「源順(みなもと の したがう)が東国巡行の途中」 11件

ウイキペディア→「源順(みなもと の したごう)が東日本の各地を巡行した際」 27件

2011年5月10日

MM3210

201149 () 171539
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   岸和田市にも不思議な事象が在ります。

伊弉諾神宮の真東の天性寺(岸和田市)には蛸地蔵伝説があります。

その東の岸和田城には八陣法をテーマにした庭を重森三玲氏が作っています。

重森三玲氏が歴史を調査して作ったのか近代感覚で作ったのかは判りません。

お城の東には、岸城神社があります。岸和田だんじりの聖地だそうです。


古東 正舟 様

興味深い情報を、たびたびご提供頂き、有難うございます。

今回頂いた情報では、重森三玲氏が、全国500箇所の庭園を実測調査していることに興味を感じました。

けれども、「同じ文字なき四十七文字の歌」の暗号に全てを託して何も語らなかった本居宣長の例に類するような事柄を期待することは、無理ではないかと思います。

ところが、皮肉なことに、重森三玲氏の生地「加賀郡吉備中央町」をGoogle Mapで検索すると、目印が、だんじりで有名な愛媛県西条市の加茂川を連想する、町役場加茂川庁舎を指し、宇甘川を隔てた対岸に「いろは屋」がありました。

それはさておき、(古東 正舟氏のご指摘)と断り、上掲の情報を添えて、天性寺(岸和田市)とその東の岸和田城を、伊弉諾神宮を中心とした太陽の運行図に加えさせて頂きました。

2011年4月10日(日)

MM3210

   2011年4月4日 (月) 07時46分22秒
[お名前] :   いしゃま
[ご感想] :   倭の五王以来の南朝制度を持つ倭国が、北朝隋に対して出す国書は、あめたりしほこのあの通りでしょう。

南朝制度を持つ倭国が、唐の侵攻危機を防ぐために打つ手は、相当な作文が必要ではないか。

直近の隋以来の外交を隠し、倭国と別に山跡があったように繕い、唐を欺いたものと思う。
聖徳太子まで作り出し、倭の五王以来の南朝倭国、隋による南朝滅亡後は建元して隋と対等を主張した。

一書がありながら口誦の歴史しかないなどと言うことはあり得ない。南朝倭国=山跡=日本=大和と理解すれば、不比等はわかる。暦法の新旧は勿論作文と理解しました。

いしゃま 様

いしゃま様は、2011330 () 1736分にブログ「風来香」にコメントを投稿されている
石山様ではないでしょうか。

暗号「山上憶良」のゲストブック”では、当HPに関するご意見ご感想をお願いしています。

今回ご記入くださった事柄は、当HPの管理人には、そのようなものと受け止めかねます。

したがって、ご期待に沿えるご返事ができませんので、申し訳ありませんが、もし今後同様の書き込みがあった場合は、カットさせていただきます。

なにとぞご了承下さるようお願い致します。m(_ _)m

2011年4月4日(月)

MM3210

   2011年2月11日 (金) 20時27分52秒
[お名前] :   komoriya
[ご感想] :   「日本古代遺跡の謎と驚異」について
気になることが出てきたので今太田氏の二冊を取り寄せています。

太田氏はマスタ−プランに触れていないので数学的な遊びとしか感じませんでした。しかし数学的に配置されているとは感じたので別の本と重ねて検討してみます。

世界神話との関連を見ないと何ともいえません。

神社配置と前方後円墳の関係を書いている本とも比較してみます。

今個人的には籠神社と伊勢神宮の関係を調べています。
かごめ歌は籠神社に関わる歌と判断しました。

かごのなかのとりはとうぜんつるなので伊勢外宮に豊受大神が転座したときにつるに象徴される誰かが籠神社に派遣されたのでしょう。

かめは籠神社を指していると思います。

このなぞかけうたはまだ答えが出ていません。

つるは新羅から渡来した秦氏と考えました。

この答えをさぐるため太田氏の本を読む必要を感じています。

伊勢外宮とは何かを明らかにすることがなぞかけの答えだと思います。

まだ漠然としているのでこのホ−ムペ−ジにこさせて貰います。


komoriya 様

かごめかごめ」が謎を秘めた歌であることは、ウイキペディアでも取り上げていますが、私には余力がないので、拙論とは無関係とみなし、首を突っ込まないことにしています。

> 太田氏はマスタ−プランに触れていない

太田氏は「人類は太古のマスター・プランにあやつられていた」という結論を出しています。

太田氏の著書について紹介した拙HPの「日本古代遺跡の謎と驚異」について 序では、そのようなことは私には理解できないとしています。

2011年2月12日 (土)
                                                M M 3210

   2011年2月7日 (月) 15時51分37秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   > 少しでも多くの方々に知られることを願って
> HPに取り組んでいるので、無断でも、転用
> していただければ、ありがたいことになります。

私の言葉足らずでした。
悪用される事を恐れています。

10年くらい前だったと記憶していますが、「東のイエス・キリスト」
と呼ばれている黒住宗忠、と紹介されている論文を読みました。
厳めしい印象を受けました。
初めて宗忠を知った時にそういう紹介文だったのです。
去年、この前に紹介した本を読んで第一印象とガラリと変わって
親しみを覚えました。

10年くらい前に読んだ論文は悪意のない著者でしたが
本質を外していたように思います。

今は戦後民主主義教育(左翼教育)の影響で神道イコール悪
という刷り込みが蔓延しています。

私は「オカルト」「天皇教の信者」などという悪意に満ちた
言葉を投げつけられています。

そういうマルクス教(左翼)たちに捻じ曲げられたり
又、他の方法を駆使して何か悪用されないか心配しています。

古東 正舟 様

OCNを利用していた頃、ある方に、「読後感を記入しやすくすれば」とご忠告頂き、それに従ったところ、えらい目に会いました。

それに懲りて、YAHOOに替えてからは、メールアドレスは公表しないことにしました。

また、当方は、2チャンネルで「トンデモ」のレッテルを貼られ、「 【隔離】 MM3210の相手をするスレ 【限定】 」で検索すると、80件以上がヒットし、次のような扱いを受けています。

1 :辟易している人:02/11/03 17:41
 
メインページはここ。
http://www3.ocn.ne.jp/~mm3210/

個別の論としては
http://www3.ocn.ne.jp/~mm3210/02-00f.htm
http://www3.ocn.ne.jp/~mm3210/i-3heihou.htm
http://www3.ocn.ne.jp/~mm3210/i-Mikata.htm
こんな感じ。

最近、これらの説を、古文板のあらゆるスレッドに
書き込んで回る方が、約一名ほどおられます。

ここに専用スレを立ててあげますので、活動の場を
ここだけに限定してください。
2011年2月9日 (水)
                                                M M 3210

 2011年2月6日 (日) 16時14分41秒
[お名前] :    古東正舟
[ご感想] :   > 具体的にはどのような対策

公開の場では言えませんので・・・

アメーバやツイッターなどに非公開で本人だけに
コミュニケーションを取れる機能があります。

そういう機能を付加されるか・・・

ツイッターをされてましたら
Twitterアカウントを教えてください。

古東 正舟 様

アメーバやツイッターとは、全く無縁です。

> 公開の場では言えませんので・・・

ご好意からでしょうが、当方は、「明かり窓から射し込む日の光」を求めているので、公開の場で言えないことは、お聞きしたくありません。

2011年2月9日 (水)
                                                M M 3210

   201124 () 143113
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   『太陽の神人 黒住宗忠』(山田雅晴 著)のP204、205に

宗忠が自宅に放火しようとした犯人のために
「火つけをした人が一日も早く元の本心にたちもどるように」
と祈ったところ犯人が宗忠のもとに現れて詫びて来て
門人に加えた。

おいはぎから十両を要求されて持っていた五両を渡し、
あとの五両は今村宮の手水鉢のそばに埋めておくと約束し
その通りにした。おいはぎは感嘆し後悔して自首した。

と記されています(要旨です)。
黒住宗忠は凄いです。

『金光教
http://goo.gl/0pWgA』というブログに依りますと
金光教は黒住教のマネをして、しかも黒住教を批判しています。

正体を隠してアクセスしている人が、貴
HPを無断で転用する
かも知れません。

用心しておいたほうが良いと思います。

古東 正舟 様

黒住教の教祖黒住宗忠については、HP「黒住教」に詳しく紹介されています。

私も、この教祖に敬意を表するために、「太陽が描く洞雲山の夏至観音」の最後において、
教義から「黒住教について」を引用しています。

> 正体を隠してアクセスしている人が、貴HPを無断で転用するかも知れません。
  用心しておいたほうが良いと思います。

無断の転用に対する用心とは、具体的にはどのような対策を講じることでしょうか。

私の場合は、自分が発見した事柄が少しでも多くの方々に知られることを願ってHPに取り組んでいるので、無断でも、転用していただければ、ありがたいことになります。

2011年2月5日 (土)
                                                M M 3210

201124 () 134030
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   ありがとうございます。

カイラス山と恐山に付いてあれこれと思索していて共通点に気付きました。
色々ありますが、言葉より実物の写真です。

カイラス山
-http://goo.gl/5PQ0zgoo.gl/5PQ0z
恐山 http://goo.gl/Gn82Bgoo.gl/Gn82B

この二つのブログの写真。
もう両山ともに彼の世の風景です。


古東 正舟 様

瀬野尾 K夫氏のHPに、山中恒「ボクラ少国民」〜子どもから見た戦争〜
が、紹介されています。

墨塗られた教科書」にあるように、両氏より私は4歳年下で、傷つき方は浅いでしょうが、
神国日本の勝利を信じていただけに、神に祈ることはしなくなりました。

したがって、レイラインについても、宗教的な受け止め方はしていません。

そんな私でも、カイラス山(←You Tube 動画)恐山(←You Tube 動画)の結びつきには、規模の違いはあるものの、なぜこんなことが起こったのだろうか、と驚嘆せざるを得ませんでした。

2011年2月5日 (土)
                                                M M 3210

 

   2011年2月1日 (火) 12時07分20秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   >24日(月)の9時・10時のアクセスの急増は、
>個人を区別できる閲覧記録を残さない、
>特異な来訪者のアクセスによるものです。
>1月6日の異常アクセスも、
>同一人の仕業だったようです。


私は文系アナログ人間、すなわちHTMLとほほ人間です。
時期的に私を疑われているとしたら・・・
単なる偶然ですので・・・

私の直メールアドレスなどの個人を特定できるものを
お知らせする方法がありましたら良いのですが。

古東正舟 様

時期的に私を疑われているとしたら・・・

疑っていません。

「ITギア アクセス解析」では、アクセスがあると、次のような記録が4日間残ります。

2011/02/01 19:00:00
67 乱数表による暗号 nat-faculty.hc.keio.ac.jp
"Mozilla/5.0 (Macintosh; U; Intel Mac OS X 10.5; ja-JP-mac; rv:1.9.2.13) Gecko/20101203 Firefox/3.6.13"
"http://www.geocities.jp/yasuko8787/02-05.htm" 1680x1050(24bpp) ja 2DE0A5A06F
特異な来訪者のアクセスでは、3段目にあたる部分が「"-" - - -」となり、1日に何回アクセスしても、全てユニークアクセスになるのです。

逆に正常な来訪者の場合は、「2DE0A5A06F」によって、個人が識別でき、この部分を分りやすい文字に置き換えることもできます。

したがって、下表のアクセス数の少ない解析ページに、たとえば時間をきめてアクセス頂ければ、誰がアクセスしたか分るようにできるのです。

アクセス数一覧 2011年1月2日(日) 〜 2011年1月31日(月)  [ 印刷用 ]

全ページのアクセス数を一覧表示します。

トータルアクセス数:

21,303

ユニークアクセス数:

15,978

解析ページ

ユニーク

トータル

 67 - 乱数表による暗号

1,408 ( 8.8%) 

1,903 ( 8.9%) 

  1 - 暗号「山上憶良」(目次)

1,197 ( 7.5%) 

2,756 (12.9%) 

     

 18 - 沙弥満誓と角沙弥

41 ( 0.3%) 

47 ( 0.2%) 

 34 - 牽牛子塚古墳と斉明天皇陵の関係

39 ( 0.2%) 

52 ( 0.2%) 

 100 - 万葉仮名の最古の木簡が出土

38 ( 0.2%) 

51 ( 0.2%) 

 83 - 『いろは歌の暗号』1

36 ( 0.2%) 

42 ( 0.2%) 

 20 - 太陽が描く洞雲山の夏至観音

26 ( 0.2%)  31 ( 0.1%) 

ITGearアクセス解析

友人のアクセスが分るようにしたこともありますが、全然相手にされず、拙HPが一般の人には如何に興味がないものであるかを思い知らされる結果となりました。

2011年2月1日 (火)
                                                M M 3210

 2011年1月30日 (日) 13時07分43秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   なるほど、やはり黒住宗忠は神が遣わした神の子だという思いが強まりました。

貴HPは凄い気づきを与えて頂けます。

貴HPを拝見して、
萩原天神に強く惹かれて今月8日に参拝しました。
その夜から翌朝にかけて仮説が浮かびました。
忘れない内にとすぐさま拙ブログにUPしました。
長いので http://goo.gl/JtVRF
(http://kotoh.iza.ne.jp/blog/entry/2102888/) 
を御覧頂けませんか。

この仮説の結論の“カイラス山”ですが、日本との位置関係で何か発見できますか。

古東正舟 様

萩原天神本殿の真東に、箸墓があります。しかし、そのことに、何らかの意味があるといえるかどうかは、私には分りません。

カイラス山と日本との位置関係では、何か発見できても意味はないという立場でチェックしたのですが、高野山、比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つである恐山と結びつき、驚きました。

2011年2月1日 (火)
                                                M M 3210


対象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備考
萩原神社本殿→
倭迹々日百襲姫墓
343215.29,1353156.70
343221.00,1355028.28
89°33
(269°44′)
28,345(m)

緯度の差6秒弱
カイラス山
→佐多岬
310400,811845
305943.20,1303939.16
76°46′
(283°25′)
4,670,646(m)
緯度の差
4分強
カイラス山
富士山剣ヶ峯
データはウイキペディアによる
310400,811845
352138.12,1384338.68
68°38
(282°04′)
5,299,200(m)
特別な位置関係
は存在しない
カイラス山
恐山(卍)
310400,811845
411937.39,1410524.97
データはウイキペディアによる
60°19′
(277°58′)
5,387,765(m)

   2011年1月24日 (月) 14時54分00秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   ツイッターで拡散させて頂きましたが、
日にちは覚えていません。
私のツイートのフォロワー人数は少ないですので
誰かのリツイートの影響かも知れません。

内田一成さんのHPも凄いですが、貴HPは桁違いに凄いです。

古東正舟 様

23日(日)午後9時00分〜9時49分に NHKスペシャルで「”邪馬台国”を掘る」が放映されました。その影響が、拙HPの「邪馬台国を示す地図」へのアクセス数にも見られます。

24日(月)の9時・10時のアクセスの急増は、個人を区別できる閲覧記録を残さない、特異な来訪者のアクセスによるものです。1月6日の異常アクセスも、同一人の仕業だったようです。


アクセス推移 2011年1月24日(月)  

1:暗号「山上憶良」(目次)

トータルアクセス数: 200  (81)  ( ) 内は前日値
ユニークアクセス数: 145  (36)  前日のグラフを表示
 
アクセス推移 2011年1月23日(日)  

12:邪馬台国を示す地図

トータルアクセス数: 117  (36)  ( ) 内は前日値
ユニークアクセス数: 94  (31) 前日のグラフを表示
時間 ユニーク ユニーク累計 トータル トータル累計
3 (0) 3 ( 0) 6 ( 0) 6 ( 0)
0 (0) 3 ( 0) 0 ( 0) 6 ( 0)
3 (2) 6 ( 2) 13 ( 2) 19 ( 2)
1 (2) 7 ( 4) 3 ( 5) 22 ( 7)
1 (0) 8 ( 4) 2 ( 0) 24 ( 7)
0 (0) 8 ( 4) 0 ( 0) 24 ( 7)
0 (0) 8 ( 4) 0 ( 0) 24 ( 7)
1 (0) 9 ( 4) 2 ( 0) 26 ( 7)
0 (0) 9 ( 4) 0 ( 0) 26 ( 7)
51 (1) 60 ( 5) 52 ( 2) 78 ( 9)
10  60 (5) 120 (10) 65 (10) 143 (19)
11  1 (1) 121 (11) 4 ( 2) 147 (21)
12  2 (1) 123 (12) 2 ( 4) 149 (25)
13  0 (1) 123 (13) 0 ( 2) 149 (27)
14  3 (5) 126 (18) 5 (16) 154 (43)
15  1 (5) 127 (23) 6 (10) 160 (53)
16  4 (3) 131 (26) 11 ( 8) 171 (61)
17  3 (1) 134 (27) 8 ( 1) 179 (62)
18  0 (0) 134 (27) 2 ( 1) 181 (63)
19  1 (1) 135 (28) 1 ( 2) 182 (65)
20  2 (0) 137 (28) 3 ( 0) 185 (65)
21  3 (2) 140 (30) 4 ( 3) 189 (68)
22  2 (4) 142 (34) 7 ( 9) 196 (77)
23  3 (2) 145 (36) 4 ( 4) 200 (81)
 
時間 ユニーク ユニーク累計 トータル トータル累計
1 (1) 1 ( 1) 1 (1) 1 ( 1)
1 (1) 2 ( 2) 1 (3) 2 ( 4)
0 (1) 2 ( 3) 0 (1) 2 ( 5)
0 (0) 2 ( 3) 0 (0) 2 ( 5)
0 (0) 2 ( 3) 0 (0) 2 ( 5)
1 (4) 3 ( 7) 1 (4) 3 ( 9)
0 (0) 3 ( 7) 0 (1) 3 (10)
0 (0) 3 ( 7) 0 (0) 3 (10)
1 (1) 4 ( 8) 1 (1) 4 (11)
0 (0) 4 ( 8) 0 (0) 4 (11)
10  1 (2) 5 (10) 1 (2) 5 (13)
11  7 (1) 12 (11) 18 (2) 23 (15)
12  2 (3) 14 (14) 2 (4) 25 (19)
13  2 (1) 16 (15) 2 (1) 27 (20)
14  4 (0) 20 (15) 4 (0) 31 (20)
15  1 (2) 21 (17) 1 (2) 32 (22)
16  1 (1) 22 (18) 1 (1) 33 (23)
17  2 (0) 24 (18) 2 (0) 35 (23)
18  3 (4) 27 (22) 5 (4) 40 (27)
19  2 (2) 29 (24) 2 (2) 42 (29)
20  3 (1) 32 (25) 4 (1) 46 (30)
21  48 (4) 80 (29) 52 (4) 98 (34)
22  9 (1) 89 (30) 14 (1) 112 (35)
23  5 (1) 94 (31) 5 (1) 117 (36)

> 内田一成さんのHPも凄いですが、貴HPは桁違いに凄いです。

拙HPの内容を認めていただき、嬉しく存じます。次表のように、リピーターが少ないHPだけに、「ありがとうございます」、とお礼を言わずにはおれません。

2011年1月26日 (水)
                                                M M 3210


訪問回数(リピート率) 訪問者のユニークアクセス数を解析します。 集計対象訪問者数:7,259

アクセス回数

訪問者数

比率

 1 6,931  95.5% 
 2 222  3.1% 
 3 50  0.7% 
 4 15  0.2% 
 7 0.1% 
 5 0.1% 
 6 0.1% 
 9 0.1% 
 17 0.0% 
 16 0.0% 
 15 0.0% 
 20 〜 29 0.0% 
13   11 0.0% 
13   30 〜 39 0.0% 
13   40 〜 49 0.0% 
13   18 0.0% 
13   13 0.0% 
13   100 〜 149 0.0% 
13   19 0.0% 
13   10 0.0% 

※ユニークアクセスの回数です。
全訪問者のうち、4.5% の人が再び訪れています。

  2011年1月24日 (月) 14時29分20秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   夏至観音、凄く興味深い現象ですね。

連想ですが、冬至の日に縁のある黒住宗忠をご存知ですか。

私の今日のブログ『
和魂の神人、黒住宗忠
http://kotoh.iza.ne.jp/blog/entry/2124883/

を下に転載します。



和魂の神人、黒住宗忠

安永9年11月26日
子の年、子の月、子の日
冬至の日
に誕生

文化11年11月11日
冬至の日の朝
に“天命直授”を得る

天命直授を得た日は、35歳の誕生日

生誕地は
備前国(岡山県)御野郡中野村
今村宮の禰宜の三男として生まれた

今村宮の住所:岡山市北区今4-3-5

黒住宗忠の生誕地(岡山市北区今4−3−5)も何かの意味合いがあるのでしょうか?

古東正舟 様

夏至観音の意義をきちんと把握することは、私には簡単に解決できない困難な課題です。

けれども、きわめて珍しい現象を紹介するうえで、いくらかでも役に立てばと思い、とりあえず
小豆島洞雲山の夏至観音(仮設)」と題して、この「明かり窓」にリンクさせました。

そのように、夏至観音に関する考えをまとめることができないでいるのに、今回さらに、冬至の日に縁のある黒住宗忠をご紹介いただき、恐縮しております。

まず、冬至の日に当たる誕生日=安永9年11月26日が、干支を使うと子の年、子の月、子の日と、意図的にしたのではないのに、「子」が3連続するだけでなく、

天照太神と同魂同体となる霊的体験をした日も、冬至の日で、しかも、作為はないのに、文化11年11月11日と3連続の「11」になっているという特異な事実は、衝撃的です。

このような特異な具体例の存在は、確率的に起こりにくいことがつぎつぎに起こるのは偶然ではなく、作為があるからだ、とみなす拙論の根拠を脅かすことになりかねません。

位置関係(Google My Map)については、次のようなことが目に付きました。


対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離

方 向

今村宮→
須我神社
343843.31,1335339.31
352114.30,1330153.93
315°12′
(134°42′)
111,269(m)
宗忠神社→
須我神社
343844.86,1335406.24
352114.30,1330153.93
314°56′
(134°26′)
111,719(m)
今村宮→
宗忠神社
343843.30,1335339.26
343843.49,1335406.18
89°31′
(269°31′)
686(m)

緯度の差0.2秒

姉のアマテラスを祭る今村宮に対し、弟のスサノオを祭る須我神社はきっちり北西に位置しています。なお、宗忠神社と黒住教本部に対しても、須我神社は北西に位置しています。

昇る朝日を拝む「日拝(にっぱい)」の宗教黒住教らしく、明治18年、宗忠の生地である大元に創建された宗忠神社は、今村宮から見れば、春分・秋分の日の出の方向に当たります。

また、岡山市尾上神道山にある黒住教本部に対し、宗忠神社は冬至の日の出の方向にあります。この位置関係Google My Mapは、作為に基づくものと見て間違いないはずです。


対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離

方 向

須我神社→
黒住教本部
352114.30,1330153.93
343949.48,1335140.63
135°05′
(315°33′)
107,695(m)
黒住教本部
→宗忠神社
343949.48,1335140.63
343844.86,1335406.24
118°25′
(298°26′)
4,221(m)
冬至の日の出の方向
118.3度

標準時 日本標準時
観測地 経度、緯度指定 高さ 0 m
タイムゾーン -1h
経度 133.867E 緯度 34.667N
天体名 太陽
神道山にある黒住教本部に対し
宗忠神社冬至方向

日の出、日の入、月の出、月の入
      による数値(
日付 世界標準時 0時 経度、緯度指定 出没時の角度
視赤経
h m s
視赤緯
°' "

h m
南中
h m s

h m
° °
20111220 17 50 6.3 -23 25 6 7: 7 12: 1:46 16:57 118.2 -118.2
20111221 17 54 32.6 -23 25 55 7: 7 12: 2:16 16:57 118.2 -118.2
20111222 17 58 59.0 -23 26 15 7: 8 12: 2:46 16:58 118.3 -118.3
20111223 18 3 25.5 -23 26 7 7: 8 12: 3:16 16:58 118.2 -118.2
20111224 18 7 52.0 -23 25 31 7: 9 12: 3:46 16:59 118.2 -118.2

以前、「伊弉諾神宮を中心とした太陽の運行図」に、伊弉諾神宮の真南に諭鶴羽神社があるとしているのは、ひどすぎるとして、5段階評価で1にしていました。

しかし、伊弉諾神宮の真西に位置する洞雲山が対象に加わると、そこが夏至の日の入りの方向に見える地点として、諭鶴羽神社Google My Mapが意味を持つことになります。

2011年1月25日 (火)
                                                M M 3210


対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離

方 向

伊弉諾神宮
諭鶴羽神社
342736.8,1345109.0
341351.2,1344854.7
187°42′
(7°40′)
26(km)
真南
180°との
差7°42′
伊弉諾神宮
洞雲山(霊場)
342736.8,1345109.0
342732.2,1341953.3
269°58′
(89°41′)
47.9(km)

緯度の差5秒
諭鶴羽神社→
洞雲山(霊場)
341351.4,1344854.7
34273
2.2,1341953.3
299°45′
(119°28′)
51,191(m)

滅多に起こらない出来事

年月日を干支で表すと、干支は12通りだから、その表われ方は、12×12×12=1728通りになります。

それゆえ、365日に1回しかない冬至の日に供が生まれ、その日が、の年、の月、の日になることは、1728×365日=630720日につき1日の割合でしか起こりません。

それでは、冬至の日が文化11年11月11日というように、3連続の「11」になることは、どの程度起こりにくいことでしょうか。

新暦の冬至は12月の21日か22日ですが、旧暦では11月に含まれるようにしているので、問題になるのは、「○○11年」の起こる割合と、11日の起こる割合だけです。

「○○11年」の起こる割合を、便宜的に、黒住宗忠の生存期間中の年号でチェックすると、寛政・文化・文政・天保の4回となり、21年に1回の割合となります。

これを用いると、11日のほうは、30日に1回と見ればよいので、旧暦の冬至が「○○11年
11月11日」になるのは、21年×30=630に1回の割合ということになります。

さすがに、“和魂の神人、黒住宗忠”だ!! 誕生日も“天命直授”を得た日も、凄い。

そのように感じる方なら、歴史学コース掲示板」に、20101010101011秒に投稿された「古事記没年干支が明かす大秘密」の次表を見れば、驚嘆するはずです。


表 1  (偶然に起こった場合は、確率2兆8千億分の1となる、「−Z」欄の7個の数値)
代数 天皇 書紀の年代 Y 暫定的年代復元式 復元値X 古事記没年 −Z

干支・順番

西暦
【10】 崇神 元年 −97 =(+843)/3 (1) 248 戊寅 18 258 −【10】
合成 成仲 没年 200 =(+842)/3 (イ) 347 丁巳 57 357 −【10】
15 応神 没年 310 =(+842)/3 (イ) 384 甲午 34 394 −【10】
16 仁徳 没年 399 =(+435)/2 (ロ) 417 丁卯 07 427 −【10】
合成 正中 没年 410 =(+435)/2 (ロ) 422 壬申 12 432 −【10】
19 允恭 没年 453 =(+435)/2 (ロ) 444 甲午 34 454 −【10】
21 雄略 没年 479 Y       (ハ) 479 己巳 09 489 −【10】

なお、「通じない確率2兆8千億分の1」にあるように、20101010101011秒は、20101010101010秒を狙って、失敗したものです。

2011121 () 193030

[お名前] :   toto

[ご感想] :    サイトを楽しく拝見させていただきました。そこで、少し気になったところをお礼の意味で直言させていただきます。

 「やまのうえおくら」の暗号解説のところで「2番目の2数cd  cd=乱数読み取り開始
指定(左からcd番目の)」の「指定」、「〜の」はそれぞれ「」に直したほうがいいですね。

また、「この暗号の1番目の2数65は、上から6段目の
を右方向(5は奇数)に読むことを表し、2番目の2数13は、13目からはじめることを表しています。」は

6段目のを「6段目の」、13目からはじめるは「13目からはじめる」にあらためたほうがいいと思います。

尚、乱数表の2桁表記の列が1桁ずつの独立した数字としてみること、読み方向を示す奇数、偶数の数字に意味がないことなど注釈を入れていただけるとわかりやすいと思います。


toto

乱数表による暗号」の解説において、用語「行」と「列」の用い方が逆になっているとのご指摘、ありがとうございました。早速、訂正しておきました。(参照:縦書きと横書き

今は、きちんと区別できるのですが、「乱数表による暗号」を書いたときには、迷いを生じ、辞書などで調べて、余計に混乱していたのかも知れません。お恥ずかしい限りです。

「今後ともよろしくお願いします」といえば、「今後も拙HPを読んで下さい」という、図々しいお願いになりますが、やはり、今後ともよろしくお願いします。m(_ _)m

ところで、検索してみると、「行と列」に関して、「行と列の覚え方」「 どっちが行でどっちが列だったか毎回忘れる」などがあり、同病相哀れむ仲間がいることが分りました。

なお、検索していると、次のような2図がありました。両者に矛盾はないのでしょうか。

2011年1月22日 (土)
                                                M M 3210

  2011年1月5日 (水) 18時20分35秒
[お名前] :   古東正舟
[ご感想] :   超凄いHPですね。
これからもガンバってください。
ブログツイッターで拡散しております。

伊弉諾神宮を中心とした太陽の運行図(Google My Map)
- Google マップ
http://goo.gl/YmFy7
を眺めていて気づいたのですが
小豆島八十八ヶ所霊場の第一番『洞雲山』が
伊弉諾神宮の真西に位置しています。

小豆島は空海が修業、祈念をつんだ地ですので
何かが有るようです。

伊弉諾神宮の真西に位置する小豆島八十八ヶ所霊場の第一番『洞雲山
対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離

方 向

伊弉諾神宮
洞雲山(霊場)
342736.8,1345109.0
342732.2,1341953.3
269°58
(89°41′)
47.9(km)

緯度の差5秒

伊弉諾神宮を中心とした太陽の運行図(Google My Map)

動画「小豆島夏至観音」(←クリック)


古東 正舟

ゲストブックへの書き込み、ありがとうございます。

お教え下さった「小豆島八十八ヶ所霊場の第一番『洞雲山』」を検索してみると、

http://www.e-shodoshima.com/第一番 洞雲山には、「夏至の頃突然現れる夏至観音像。ほんの数秒ほどの現象だ」と解説のある写真が載っており、

「夏至観音」で検索すると、四国新聞社のIKOKUEWSには、次のようにありました。

-----------------------------------------------------------------------------
神々しく 小豆島で夏至観音くっきり 2008/06/15 09:54

夏至前後の約50日間、晴天の日だけに見られる神秘的な光の観音像「夏至観音」が
13日
、香川県小豆郡小豆島町坂手の小豆島霊場一番札所・洞雲山の岩肌に出現した。
今夏一番のくっきりとした神々しい姿に大勢のお遍路さんらが手を合わせた。

 夏至観音は南西の光が境内の洞窟[どうくつ]に差し込む午後3時すぎ、光と影のコントラストで錫杖[しゃくじょう]を手に頭を右に少し傾けたような約3メートルの観音像が、足元から徐々に岩肌に浮かび上がる現象。

18年前にお遍路さんが偶然撮った写真の中にその姿を発見し、話題となった。
-----------------------------------------------------------------------------

ところで、古東様が興味をお示し下さった箇所は、残念ながら、内田一成氏の、「LEYLINE HUNTING」の「浮かび上がる五芒星の謎」の受け売りです。

レイラインに興味を示す方は多いらしく、2011年1月6日(木)の15時には、下表のように、
日本のレイラインの実態」へのアクセスが、突如、231回もありました。

こういった現象は、ツイッターの発言などによって生じるのでしょうか。

2011年1月10日 (月)
                                                M M 3210


2008年6月15日午後3時過ぎ   日本のレイラインの実態  2011年1月6日(前日)

洞雲山の岩肌に出現した「夏至観音

 

時間

ユニーク

ユニーク累計

トータル

トータル累計

0  0 (3) 0 ( 3) 0 (3) 0 ( 3)
1  0 (2) 0 ( 5) 0 (2) 0 ( 5)
2  0 (0) 0 ( 5) 0 (0) 0 ( 5)
3  0 (3) 0 ( 8) 0 (3) 0 ( 8)
4  0 (1) 0 ( 9) 0 (1) 0 ( 9)
5  0 (0) 0 ( 9) 0 (0) 0 ( 9)
6  0 (0) 0 ( 9) 0 (0) 0 ( 9)
7  0 (0) 0 ( 9) 0 (0) 0 ( 9)
8  0 (2) 0 (11) 0 (2) 0 (11)
9  1 (1) 1 (12) 2 (1) 2 (12)
10  2 (5) 3 (17) 2 (6) 4 (18)
11  1 (1) 4 (18) 1 (8) 5 (26)
12  0 (2) 4 (20) 0 (2) 5 (28)
13  0 (0) 4 (20) 0 (1) 5 (29)
14  2 (2) 6 (22) 2 (3) 7 (32)
15  231 (2) 237 (24) 234 (4) 241 (36)
16  1 (2) 238 (26) 2 (3) 243 (39)
17  2 (1) 240 (27) 2 (2) 245 (41)
18  1 (1) 241 (28) 1 (1) 246 (42)
19  1 (1) 242 (29) 2 (1) 248 (43)
20  1 (2) 243 (31) 1 (4) 249 (47)
21  1 (2) 244 (33) 1 (3) 250 (50)
22  0 (1) 244 (34) 0 (2) 250 (52)
23  1 (2) 245 (36) 2 (2) 252 (54)

小豆島八十八ケ所霊場一番札所洞雲山    初撮影!?・月光観音

小豆島 八十八カ所 洞雲山 札所 夏至観音サニー (2010年6月19日)


対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 日の出 方 向
須我神社
伊弉諾神宮
352114.2,1330153.9
342736.8,1345109.0
120°16′
(301°18′)
194(km)
冬至
伊弉諾神宮
伊勢皇大神宮
342736.8,1345109.0
342717.6,1364333.0
89°40′
(270°44′)
172(km)
春分
秋分
伊勢皇大神宮
→富士山
342717.6,1364333.0
352146.4,1384353.2
60°38′
(241°47′)
209(km)
夏至

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